耐震ドア「たすかるドア」誕生秘話――阪神・淡路大震災の教訓を、玄関ドアに込めて

地震が起きたとき、玄関のドアが開かなくなったら――。

そんな経験をした人々の声から生まれたのが、耐震ドア「たすかるドア」です。新日本エントランス代表・浦山が、震災の教訓と向き合いながら歩んできた開発の道のりをご紹介します。

なぜ、このドアは生まれたのか。その名前には、どんな想いが込められているのか。

ここからは、開発に込めた想いを浦山自身の言葉でお伝えします。

名前の裏にある、震災の記憶

阪神・淡路大震災では、地震でドアが歪んで開かなくなり、閉じ込められる人が数多くいました。さらに避難した後の空き家を狙う、火事場泥棒も横行しました。

この教訓をもとに、当時私が勤めていた大手建材メーカーは、耐震扉を開発しました。

「扉が開かなくて、怖かった」と被災者の方々から、そんな声を耳にし、こう思うようになりました。

――自分の命は、自分たちで守るしかない。

「玄関を開けて避難路を確保しなさい」とよく言われます。しかし、本当に大きな揺れの中で、それを実行できる人がどれだけいるでしょうか。考える余裕すらない、あの瞬間に。

だからこそ、いざという時に玄関から逃げられる状態を確保しておくことが、本当の意味で自分の命を守ることに繋がるのだと、私は確信するようになりました。

それが、「たすかるドア」という名前に込めた、最初の「たすかる」の原点です。

阪神・淡路大震災
写真提供:神戸市

この技術を、消してはいけない

震災から数年が経ち、私が勤めていた大手建材メーカーは、耐震扉の生産中止を決定しました。

会社としての判断は理解できました。市場の規模、採算性、事業の優先順位。ビジネスとして考えれば、決して不合理な決断ではありませんでした。

でも、私には納得できないことがありました。

あの震災で、どれだけの人が玄関ドアの前で立ち往生したか。閉じ込められた恐怖の中で、どれだけの人が次の揺れに怯えたか。その教訓を受け継いだ技術が、静かに消えていこうとしていました。

――これを、なくしてはいけない。

独立という選択は、決して軽いものではありませんでした。安定した会社を辞めることへの不安もありました。それでも、この技術を守り続けることが、あの震災を経験した自分にできる唯一のことだと思いました。

こうして私は、耐震扉の技術を受け継ぎ、独自の進化を加えながら、「たすかるドア」の開発と普及に取り組むことを決意しました。

閉じ込められた人が、一番恐れていたこと

被災者の方々の声に耳を傾けるうちに、私は一つのことに気づきました。

「扉が開かなくて、怖かった」という言葉の奥には、もっと深い恐怖がありました。

――次の揺れが来たら、この建物が倒れて、下敷きになってしまうのではないか。

扉が開かないことそのものより、閉じ込められた空間の中で、じっと次の揺れを待ち続けるあの時間が、一番つらかったと、多くの方がおっしゃっていました。

その言葉が、私の設計への向き合い方を変えました。

地震が発生した瞬間、人はパニックに陥ります。「どこから逃げようか」と考えているようでは、もう遅いのです。考えなくても逃げられる。パニック状態であっても、体が自然に動ける。そういう扉でなければ、本当の意味で命を守ることはできないと、私は確信しました。

扉は、人が一番弱くなる瞬間のために、存在しなければならない。

こだわり抜いた「子どもでも開けられる」設計

命を守る扉を作ると決めた以上、妥協できないことがありました。

地震でドア枠が歪んだとき、従来の耐震丁番でも、強い力で押さなければ開かないことがあります。力のある大人ならば、なんとかなるかもしれない。でも、それでは足りませんでした。

家族の中には、小さなお子さんもいます。お年寄りもいます。パニックに陥った人間が、普段通りの力を発揮できる保証はありません。

――この扉は、子どもの力で開けられなければ意味がない。

その一点にこだわり続けました。行き着いた答えが、「クラッシャブルゾーン」という発想でした。扉の外枠をあえて「壊れてもいい場所」として設計し、地震の衝撃をそこで吸収することで、内側の避難扉にかかる変形を最小限に抑える。外側がどれだけ歪んでも、内側の扉は、普通にドアを開けるような軽い力で開けられる状態を保つ。

自動車の衝突安全設計に使われる考え方を、玄関ドアに応用したものでした。

家族全員が、考えなくても逃げられる。その当たり前を実現するために、私は設計を何度も見直し続けました。

「逃げる」だけでは終わらない――3つの「たすかる」に込めた想い

閉じ込めから命がたすかる。それが、たすかるドアの最も大切な役割です。でも私は開発を続ける中で、こう考えるようになりました。このドアにできることは、まだあるのではないか。

避難して無人になった部屋を狙う空き巣が、阪神・淡路大震災では後を絶ちませんでした。火事場泥棒と呼ばれるその行為を、私は許せませんでした。そして同時に、あることに気づきました。

命を守るために扉を開け放して逃げることが、大切な財産を危険にさらすことにつながってしまう。その矛盾を、そのままにしておくわけにはいきませんでした。

「逃げた後も、鍵を閉められるようにしよう。」

避難扉に施錠機能を持たせる。それが、2つ目の「たすかる」になりました。

そして開発を続ける中で、思いがけないところから3つ目の「たすかる」が生まれました。ある居住者の方から、「この扉を使って換気できないの?」という声をいただいたのです。地震への備えだけでなく、日々の暮らしの中でも役に立つ扉にできるかもしれない。その言葉をヒントに、網戸付きの通風機能を加えました。

「閉じ込めから たすかる」「火事場泥棒から たすかる」「換気ができて たすかる」――この3つの想いが、「たすかるドア」という名前に込められています。

たすかるドアで、一人でも多くの命を守りたい

今後30年以内に、首都直下地震や南海トラフ地震が高い確率で発生すると言われています。私がたすかるドアの普及を続けるのは、その現実から目を背けることができないからです。

阪神・淡路大震災から30年が経ちました。あのとき被災者の方々から聞いた「怖かった」という声は、今も私の中に残っています。閉じ込められた人にとって、玄関までの数メートルが、どれほど遠く感じられたか。

地震が起きてからでは、遅いのです。

マンションの玄関ドアは、有事の際の最初の避難口です。そのドアが開かなければ、どれだけ丈夫な建物も、どれだけ優れた防災訓練も、意味をなさないことがあります。消防や救助をただ待つことはできません。自分の命は、自分で守る。そして、大切な家族の命も守る。その覚悟を、扉という形で支えたい。それが、私の考える自主防災です。

お客様から「安心できた」「ありがとう」という言葉をいただくたびに、この扉を作り続けてよかったと思います。そして同時に、まだ届けられていない場所があることを、強く意識します。

一人でも多くの命が助かってほしい。家族が安心して暮らせる住まいを、一つでも多く増やしていきたい。その想いを胸に、私たちは今日もたすかるドアを届け続けています。

マンションの防災力を高めたい方、災害時の避難経路に不安があるという方は、たすかるドアについてぜひ一度ご相談ください。

1分でわかる「たすかるドア」PV

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